INTERVIEW LIVE ARTIST

TOPINTERVIEW 上野水香さん

「観たい」という思いが募るほど、
舞台の熱量は高まっていく。

バレエダンサー上野 水香さん

幼い頃から世界でバレエを学び、日本が誇るトップバレエダンサーとして活躍されている上野水香さん。彼女が所属する「東京バレエ団」は、本年7月、全国ツアーを行い、厳しい状況に立たされていた舞台芸術に差す希望の光として、『ボレロ』をはじめとするプログラムをたくさんのお客様に届けました。上野さんが今感じていること、生の舞台に思うこととは?

どんなに遠く離れた席でも、心を伝えられるダンサーに。

これまでに観客として参加された生の公演の中で、とくに印象に残っているものはありますか?

わたしは幼い頃からバレエを習っていたこともあり、舞台に立つことをずっと夢見ていました。だから、さまざまな劇場で舞台を観る機会も多かったのですが、ひとつの舞台で自分の考え方や理想、人生観をグッと変えることができる。それを、身を持って体感したのが、14歳の時にパリ・オペラ座のバスティーユ劇場で観た『白鳥の湖』です。

広い会場で、舞台から遠く離れた上の方の席で観ていたのですが、まず出演者のみなさんが、コールドからソリストまで美しくて。しかも、美しいだけじゃなくて、私がそれまで観たことのないくらい上手ですごい人たちだと感じ、オペラ座ってすごい場所なんだと感動していました。そして、『白鳥の湖』では、王子様が一幕で登場して、オデット姫(白鳥)が二幕から登場するのですが、一幕ですでに大きく感動していたので、二幕では誰が登場するんだろうと期待していたら、出てきたのがシルヴィ・ギエムさんでした。

彼女のことは写真で見て知っていたとはいえ、こんなに遠くから観ているのにもかかわらず、脚の形や美しい動きで「あ、シルヴィ・ギエムだ」ってすぐにわかったんです。踊りもラインも素晴らしいですし、表現から心が伝わってきて、「わたし、こんなダンサーになりたい」と思ったのをよく覚えています。生で観て、リアルタイムでこの場所にこの人がいるということに興奮をする。そんな体験を初めてしたのが、その時でした。

その体験は、ご自身の表現にどのように生かされていますか?

シルヴィ・ギエムさんの表現のすごさは、大劇場のステージから遠い席で観ていたわたしにまで、ビンビンと伝わってきて。そういう踊り手が世の中にいるということに、心が震えるほど感動しました。その日からわたしはギエムのファンになりましたし、理想のオディール(黒鳥)がギエムになったんです。本当に豆粒くらいにしか見えないほど離れていたのですが、主役としてこんな遠くのお客様にまで届けられるアーティストはなかなかいないと思います。

やっぱりそれは、映像で観るのではなく、リアルな体験だからこそ感じられたことですよね。大劇場でも人の心を掴むことができるダンサーでありたいと思う、きっかけになりました。だからこそ、ファンの方やご覧になったお客様から、「遠くの席で観ていたんだけど感動した」と言われると、わたしはなによりも嬉しいんです。

「それでも観たい」という熱量を受け取った、全国ツアー。

舞台に立ち続ける中で、生の公演だからこそ良かったことや得られたものはありますか?

今年の7月、生の公演の機会が減ってしまっていた中で、私の所属する東京バレエ団が全国のお客様へ『ボレロ』という作品を届けるために「HOPE JAPAN 2021」という全国ツアーを開催しました。その公演の際に、いつもよりも強くお客様の熱気を感じたことが印象に残っています。なかなか劇場に足を運ぶことができないという状況の中で、「それでも観たい」という熱い気持ちを持って来てくださった方が多かったのかもしれません。劇場では言葉を発することはできなかったですし、観客席から音が聞こえたわけでもないのに、不思議と熱量を感じ取ることができたんです。

「あぁ、これがライブなんだ」という感覚と、「お客様にやっと会えた」という気持ちを強く感じて、生の舞台が何にも勝るということを再確認できた瞬間でしたね。終演後にも、「ブラボー」と言うことができない制約がある中でしたが、みなさんが立ち上がって大きな拍手を贈ってくださいました。それがいつにも増して強い思いとなり、わたしたちの方へ届いてきたことに、とても感動しました。

生の公演の舞台に向けて、普段はどのような思いで練習に臨んでいらっしゃいますか?

練習は、何度も何度も繰り返しています。もちろんそこまで楽なものではないので、くじけそうになることもたくさんありますよ(笑)。でも、わたしはどんな練習の時にも本番と同じ力を使うことを意識しています。いつでも120%の力を出し切る。辛いと感じることがあっても、それを乗り越えておかないと、本番がもっと大変になるということを自分に言い聞かせています。

劇場の空間は広いですし、お客様からの熱気を感じながら踊るということはとてもエネルギーがいることなんです。そのために、より強い自分をつくるための練習という感覚でしょうか。過去に踊ったことのある作品であれば、練習しなくてもある程度やってやれないことはないと思います。ですが、本番に耐えうる強さまでは養うことはできません。そういう意味では、練習あってこその舞台だと思っているので、毎回真剣勝負で取り組んでいます。

いつもとは違う体験が、自分の感性を広げてくれる。

これからの公演産業は、どう変化していくと思いますか?

きっと、良い意味で元に戻ると思うんです。そのあかつきには、みなさんが思う存分声やカラダを使って、いままで以上に思いを伝えてくれると信じています。「いまを乗り越えた」という感覚は、全世界共通じゃないですか。時間はかかるかもしれませんが、そのよろこびを舞台で感じられる時を楽しみにしています。

その一方で、配信の良さもあると思っています。舞台芸術がオンラインで気軽に観られるようになったことで、偶然の出会いで好きになってくださった方も多いのではないでしょうか。生の公演と配信、それぞれの良さを生かして、バレエやそのほかの芸術の愛好家が増えてくれたら嬉しいです。

今後、挑戦されてみたいことはありますか?

わたしは世の中がどうなっていくかも想像できないですし、わたし自身がどうなっていくかも想像できていないんです(笑)。でも先日、元宝塚トップスターの柚希礼音さんが座長を務める『レオンジャック』という舞台に参加させていただいた時に感じたことがありました。その公演はお客様自身もペンライトを使って思いを伝えるなど参加型のもので、会場と直接つながり合えるような熱い舞台だったんです。いつものバレエとはまったく違う世界で、同じ舞台でも表現が変わるとこれだけ刺激が変わる、ということを実感しました。いろんなことに挑戦することは素敵なことだと感じましたし、これから何か自分にしかできない表現が見つかればいいなと思っています。

最後に、生の公演を愛する方々へメッセージをお願いします。

この数年は、なかなか劇場を満席にすることができなかったり、チケットが売り止めになってしまったり、出かけること自体に疑問を感じる方や、それでも観に行きたいという方がいらっしゃって、本当に何が正しいのかわたし自身にもわかりませんでした。でも、ただひとつ確かなことは、みなさんが「芸術を観たい」という同じ思いを持っているということだと思います。この気持ちを忘れずに、今はご自身の好きな形で舞台芸術を楽しんでください。そして、誰もが心おきなく楽しめる日が来たら、ぜひ劇場でお会いしましょう。

取材の前に、「東京バレエ団」の練習風景を拝見させていただきました。広い練習場で、生演奏のピアノに合わせて真剣に踊るダンサーたち。上野さんがおっしゃるとおり、誰もが全力で踊っており、その美しい姿に思わず胸が熱くなりました。きっと生の舞台で観たら、その感動たるや計り知れないものなのだろうと思います。

上野 水香さんバレエダンサー

神奈川県鎌倉市出身。5歳よりバレエをはじめ、1993年にローザンヌ国際バレエコンクールでスカラシップ賞を受賞。その後、モナコのプリンセス・グレース・クラシック・ダンス・アカデミーに留学し、首席で卒業。1997年に『くるみ割り人形』で主役デビュー。2004年には、東京バレエ団にプリンシパルとして入団。故モーリス・ベジャール氏に直接指導を受け、『ボレロ』を踊ることを許された世界でも希少なダンサーのひとり。

イベントを探そう!